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硫黄島、集合埋葬地の可能性 遺骨51柱発見、資料と一致

太平洋戦争末期の激戦地・硫黄島(東京都小笠原村)を調査している政府の遺骨収集団は21日までに、日本兵とみられる遺骨計51柱を島内2カ所の地中から発見した。政府関係者によると、米国側に残された資料とほぼ一致する場所で、片方は約2千柱、一方は約200柱の集合埋葬地の可能性が高いという。

集合埋葬地は存在の可能性が指摘されていたが、これまで未発見だった。収集団は22日、菅直人首相に報告する予定。

関係者によると、遺骨収集の政府特命チームが集めた米国立公文書館の資料などに基づき、収集団が6日から島中心部の自衛隊基地滑走路付近と、要衝だった島南部の摺鉢山のふもとを掘削。中心部から28柱、南部から23柱を発見した。一カ所でまとまって見つかったことから、人為的に埋められたとみられる。

米側資料ではこの2カ所を「敵の墓地」と英語で表記。埋葬数は中心部が約2千柱、南部は70~200柱とされる。慎重に掘り進めるため、最終的な確認は年末から年明けになる見通しだ。

硫黄島では日本兵約2万2千人が戦死。これまで、兵の待機場所だった地下壕を中心に約8700柱が見つかった。

[共同 2010年10月22日 02時02分]

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2010.10.22 | | Trackback(0) | 歴史

ムッソリーニは英国の指示で伊国を戦時体制に誘導した

ムソリーニは英スパイだった=ファシストに意外な過去

英紙ガーディアン(電子版)は14日、第2次大戦中のイタリアの独裁者ムソリーニが一時期、英国のスパイとして働いており、報酬として週100ポンドを受け取っていたと報じた。ケンブリッジ大の歴史家ピーター・マートランド博士の研究で明らかになった。

同紙によると、第1次大戦末期の1917年秋、革命を受け戦線を離脱したロシアにイタリアが続くことを恐れた英国は、当時ジャーナリストだったムソリーニに接近。報酬を与えムソリーニ編集の伊紙「ポポロディタリア」で戦意高揚の報道を続けさせた。当時の100ポンドは、現在の6000ポンド(約85万円)に相当するという。

(時事通信 2009/10/14-18:38)

2009.10.16 | | Trackback(0) | 歴史

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